特許権侵害差止等請求事件(特許法102条2項の適用がなく、102条1項の適用はあると判断した事例)

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの高石 秀樹(弁護士・弁理士、中村合同特許法律事務所)です。

 

今回は、
特許権侵害差止等請求事件(特許法102条2項の適用がなく、102条1項の適用はあると判断した事例。控訴審判決も同じ。別件で整合しない判決もある。)
 -東京地判平成30年(ワ)28931【レーザ加工装置】<柴田裁判長>-
 -控訴審・知財高判令和5年(ネ)10037【レーザ加工装置】<清水響裁判長>-
について解説したいと思います。

 

  

◆判決本文

 

【レーザ加工装置】102条2項による
損害額推定
102条1項による
損害額推定
東京地判平成30年(ワ)28931<柴田裁判長>×
知財高判令和5年(ネ)10037<清水響裁判長>×
東京地判平成30年(ワ)28930<中島裁判長>××
知財高判令和5年(ネ)10052<宮坂裁判長>
*知財高判令和5年(ネ)10037<清水響裁判長>は、「特許法102条2項の規定の適用が認められるとはいえるものの、SDエンジン相当部分の限界利益を特定することができないから、同項の推定規定により本件における原告の損害を認定することはできない」と判示した。

 

 

【本判決の要旨、若干の考察】

1.特許請求の範囲(請求項8及び11)

【請求項8】 第一のレーザ光を加工対象物の内部に集光点を合わせて照射し、前記加工対象物の切断予定ラインに沿って前記加工対象物の内部に改質領域を形成するレーザ加工装置であって、前記第1のレーザ光を前記加工対象物に向けて集光するレンズと、
 前記加工対象物と前記レンズとを前記加工対象物の主面に沿って移動させる移動手段と、
 前記レンズを前記主面に対して進退自在に保持する保持手段と、
 前記移動手段及び前記保持手段それぞれの挙動を制御する制御手段と、
 を備え、
 前記制御手段は前記集光点が前記加工対象物内部の所定の位置に合う状態となる初期位置に前記レンズを保持するように前記保持手段を制御し、
 当該位置に前記レンズを保持した状態で前記第一のレーザ光を照射しながら、前記制御手段は前記加工対象物と前記レンズとを前記主面に沿って相対的に移動させるように前記移動手段を制御して前記切断予定ラインの一端部において改質領域を形成し、
 前記切断予定ラインの一端部において改質領域が形成された後に、前記制御手段は前記レンズを前記初期位置に保持した状態を解除して前記レンズと前記主面との間隔を調整しながら保持するように前記保持手段を制御し、前記レンズと前記加工対象物とを前記主面に沿って相対的に移動させるように前記移動手段を制御して改質領域を形成する、
 レーザ加工装置。

 

【請求項11】 前記切断予定ラインの一端部において改質領域が形成された後に、前記制御手段は前記レンズを前記初期位置に保持した状態を解除して前記レンズと前記主面との間隔を調整しながら保持するように前記保持手段を制御し、前記レンズと前記加工対象物とを前記主面に沿って相対的に移動させるように前記移動手段を制御して改質領域を形成し、
 更に、前記制御手段は前記レンズを前記主面に向かう方向に駆動させずに保持するように前記保持手段を制御すると共に、前記レンズと前記加工対象物とを前記主面に沿って相対的に移動させるように前記移動手段を制御する、請求項8~10のいずれか1項に記載のレーザ加工装置。

 

2.特許法102条2項及び1項の適用について

2-1.東京地判平成30年(ワ)28931(本判決=一審判決)の判旨抜粋

⑵ 特許法102条2項の適用について
特許法102条2項…の推定は、侵害者による特許権侵害行為がなかった場合に、侵害者が特許権侵害行為により受けた利益やそれと同質といえる利益を特許権者が獲得し得るという関係があることを前提としているといえる。そうすると、侵害者による特許権侵害行為がなかったとしても、侵害者が特許権侵害行為により受けた利益と同質といえる利益を特許権者が獲得し得るという関係が類型的にない場合には、同条適用の基礎を欠くといえる。
本件において、原告は、SDエンジン…を製造、販売しているが、SD装置を製造、販売することはしておらず、SDエンジンはSD装置の一部品であって、SDエンジンの需要者は半導体製造装置の製造業者であるのに対し、SD装置の需要者は半導体の製造業者である…。原告は、本件各発明の実施品であるSD装置の製等に使用される部品に相当するSDエンジンを製造、販売等するにすぎず、SD装置を販売等していない。そうすると、被告による特許権侵害行為がなかった場合に、原告が、被告に代わってSDエンジンを搭載した装置であるSD装置を販売できたわけではない。本件で被告の利益は被告がSD装置を販売したことにより得た利益であり、被告による本件特許権の侵害行為がなかったとしても、原告がそのようなSD装置を販売等することによる利益と同質の利益を得ることができたとは認められないから、被告が特許権侵害行為により受けた利益について、類型的に原告が獲得し得るという関係がない。そうすると、本件においては特許法102条2項の適用の基礎を欠く。…

 

⑶ 特許法102条1項の適用について

特許法102条1項における、特許権者等が「侵害行為がなければ販売することができた物」とは、侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者の製品であれば足りるところ、特許権者である原告はSDエンジンである原告エンジンを販売している。そして、SD装置にはSDエンジンは必要なものであったといえるのであるから、被告によるSD装置の販売により原告エンジンの販売数量が影響を受ける。したがって、本件には、特許法102条1項を適用する基礎があるといえる。…
…特許法102条1項は、同項各号を含めた同項全体によって特許権者の損害額を推定するものであり、同項に加えて同条3項が適用されるものではない。

 

2-2.控訴審・知財高判令和5年(ネ)10037(控訴審判決)の判旨抜粋

(2) 特許法102条2項の適用について
   ア 特許権者が特許権侵害を理由に民法709条の不法行為に基づく損害賠償を請求する場合には、特許権者において、侵害者の故意又は過失、自己の損害の発生、侵害行為と損害との間の因果関係及び損害額を立証する必要があるところ、特許法102条2項は、特許権者が故意又は過失により自己の特許権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者が受けた損害の額と推定すると規定している。
   イ この規定の趣旨は、特許権者による損害額の立証等には困難が伴い、その結果、妥当な損害の填補がされないという不都合が生じ得ることに照らして、侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは、その利益の額を特許権者の損害額と推定し、これにより立証の困難性の軽減を図ったものであり、特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許権者がその侵害行為により損害を受けたものとして、特許法102条2項の適用が認められると解すべきである(知的財産高等裁判所平成25年2月1日特別部判決(同裁判所平成24年(ネ)第10015号)、同裁判所令和元年6月7日特別部判決(同裁判所平成30年(ネ)第10063号)、令和4年特別部判決参照)。
   ウ これを本件について、前記(1)の認定事実を前提として検討すると、本件では、原告のSDエンジンは、SD装置が本件各発明を含むステルスダイシング技術を用いたレーザ加工機能を実現するために必須となる部品であって枢要な機能を担うものであり、被告による被告旧製品(侵害品)の製造及び輸出・販売行為がなかったならば、原告は自らのSDエンジンを被告又は他のSD装置の製造者に販売することにより、輸出・販売された被告旧製品に対応する利益が得られたであろうということはできる。しかしながら、原告はSDエンジンを販売していたものであって、侵害品と同種の製品であるSD装置を製造・販売していたものではない。また、原告において自らSD装置を製造する能力があり、具体的にSD装置を製造・販売する予定があったことを認めるに足りる証拠もない。原告の逸失利益はあくまでもSDエンジンの売上喪失によるものであって、SD装置の売上喪失によるものではない。そして、SD装置とSDエンジンとは需要者及び市場を異にし、同一市場において競合しているわけではない。したがって、SD装置の売上げに係る被告の利益全体をもって、原告の喪失したSDエンジンの売上利益(原告の損害)と推定する合理的事情はない。
   エ この点、原告は、被告旧製品の限界利益のうち、SDエンジン相当部分の限界利益が原告の損害と推定されるべきであるとも主張する。しかし、SDエンジンは、SD装置の一部を構成する部品であって、その対価は製造原価を構成する多数の項目の一つにすぎない。そして、本件において、SD装置の限界利益のうちのどの程度の部分が、それぞれの部品に由来するものであるかを特定するに足りる事情はなく、「SDエンジン」に由来する部分を特定することは困難というほかないのであって、「SDエンジン相当部分」の限界利益を一義的に特定することはできない。仮にこれを算出する場合にも、確立した算出方法があるわけではなく、どのような要素を考慮し、どのような論理操作を行うかによって様々な結論を導くことが可能であるから、このように算出された限界利益の「SDエンジン相当部分」をもって本件における原告の損害を推定し、覆滅事由の主張立証責任を転換するための合理的な基礎とすることはできないというべきである。したがって、原告の前記主張は採用することができない。
   オ 以上によれば、本件において、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情があるとして特許法102条2項の規定の適用が認められるとはいえるものの、SDエンジン相当部分の限界利益を特定することができないから、同項の推定規定により本件における原告の損害を認定することはできない。前記各知的財産高等裁判所特別部の判決は、いずれも特許権者等において特許実施品又は侵害品と市場及び需要者を共通にする製品を販売等していたという事情が存在する事案について判断したものであるから、本件について、上記のように解することと矛盾するものではない。原告は、知的財産高等裁判所令和4年8月8日判決(同裁判所平成31年(ネ)第10007号)も引用するが、同判決の事案は、特許権者が完成品を販売し、侵害者が間接侵害品である部品を販売していた事案であって、本件のような完成品の限界利益中の当該部品に相当する部分の特定が問題になった事案ではないから、同項の適用に関する前記結論を左右するに足りるものではない。
 そうすると、本件における原告の損害の認定は、特許法102条2項の推定規定の適用以外の方法で行うのが相当である。

・・・

 

 (4) 特許法102条1項(令和元年法律第3号による改正後のもの。本件は改正法の施行日(令和2年4月1日)前の事案であるが、経過規定は設けられていないから、以下においては、改正後の条文を適用する。)による損害額の算定
   ア 特許法102条1項は、民法709条に基づき販売数量減少による逸失利益の損害賠償を求める際の損害額の算定方法について定めた規定であり、侵害者の譲渡した物の数量(譲渡数量)に特許権者がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じた額を、特許権者の実施の能力の限度で損害額とするが、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者が販売することができないとする事情を侵害者が立証したときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものと規定して、侵害行為と相当因果関係のある販売減少数量の立証責任の転換を図ることにより、より柔軟な販売減少数量の認定を目的とする規定である(知的財産高等裁判所令和2年2月28日特別部判決(同裁判所平成31年(ネ)第10003号)参照)。
 特許法102条1項の文言及び上記趣旨に照らせば、特許権者が「侵害の行為がなければ販売することができた物」(同項1号)とは、侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者の製品であれば足り、特許権者が特許実施品又は専ら特許実施品の生産のために用いる物(部品)を販売しており、侵害行為がなければ、特許権者は自らの製品を販売することができたという関係にある場合には、特許権者は、侵害行為によってその販売数量に影響を受ける製品を販売していたということができるから、同項の適用が是認される。
 そして、本件では、前記(2)のとおり、被告の侵害行為がなければ、原告はその製造する原告エンジンを販売することができ、これにより利益を得ることができたものと推認され、原告は、侵害行為によってその販売数量に影響を受ける製品である原告エンジンを販売していたということができるから、同項を適用することができる。

 

3.若干の実務的考察

特許権者が特許製品を製造・販売等していなくても、被告製品との競合品を製造・販売等していれば、特許法102条1項・2項による損害額の推定が認められる。

 

本事案の一審判決は、「侵害者による特許権侵害行為がなかったとしても、侵害者が特許権侵害行為により受けた利益と同質といえる利益を特許権者が獲得し得るという関係が類型的にない場合には、同条適用の基礎を欠く」と判示して、特許法102条2項の適用を否定した。

 

控訴審判決も、「SD装置とSDエンジンとは需要者及び市場を異にし、同一市場において競合しているわけではない。したがって、SD装置の売上げに係る被告の利益全体をもって、原告の喪失したSDエンジンの売上利益(原告の損害)と推定する合理的事情はない。」と判示して(控訴審判決)、特許権者が製造・販売しているSDエンジンと、被告製品であるSD装置とが競合品であることを否定した。

 

続いて、控訴審判決は、「本件において、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情があるとして特許法102条2項の規定の適用が認められるとはいえるものの、SDエンジン相当部分の限界利益を特定することができないから、同項の推定規定により本件における原告の損害を認定することはできない。」と判示した。かかる控訴審判決の論理によると、完成品を製造・販売する特許権者が部品を製造・販売する侵害者に対し損害賠償請求したときは、「SDエンジン相当部分の限界利益を特定すること」ができなければ特許法102条2項による損害額の推定が認められないこととなる。これは米国特許実務の”smallest saleable unit”を想起させるが、全く異なるものである。

 

また、本事案では、一審判決及び控訴審判決ともに、「競合品」でないと認定されたにもかかわらず、「特許権者は、侵害行為によってその販売数量に影響を受ける製品を販売していた」と判示して(控訴審判決)、特許法102条1項の損害額の推定は認められた。

 

本事案の一審判決及び控訴審判決によれば、競合品であれば特許法102条2項が適用されるが、競合品と認められない場合、特に完成品と部品の関係にある場合には、特許法102条2項の適用が認められないが、特許法102条1項は「特許権者は、侵害行為によってその販売数量に影響を受ける製品を販売していた」だけで適用が認められるから、実務上、102条1項を予備的・選択的に主張するべきであろう。

 

ところで、同一の原告・被告間で同一の被告製品について別特許で争われた別訴訟では、一審判決・東京地判平成30年(ワ)第28930号<中島裁判長>は完成品と部品とが競合品でないとして特許法102条1項・2項ともに適用不可としたが、控訴審・知財高判令和5年(ネ)第10052号<宮坂裁判長>は完成品と部品とが競合品であると認定して特許法102条1項・2項ともに適用を認めた。

 

このように、裁判官毎に完成品と部品とが競合品であるか否か等の考え方が異なるため、本件のように、部品を製造・販売する特許権者が、完成品を製造・販売する侵害者に対し損害賠償請求するときは、どちらの判断にも対応できるように、102条2項のみならず、1項も予備的・選択的に主張するべきであるという実務的方針は変わらない。

 

また、本件とは逆に、完成品を製造・販売する特許権者が、部品を製造・販売する侵害者に対し損害賠償請求するときは、逆に2項による推定が認められ、1項による推定が認められないという判断も有り得るところであり、事案に応じて検討を要する。

 

【関連裁判例の紹介(同一の原告・被告間で同一の被告製品について別特許で争われた別訴訟)】

1.東京地判平成30年(ワ)第28930号<中島裁判長>~1項・2項ともに適用不可

(1)特許法102条2項適用の可否~否定

  ア 特許法102条2項は,民法の原則の下では,特許権侵害によって特許権者が被った損害の賠償を求めるためには,特許権者において,損害の発生及び額,これと特許権侵害行為との間の因果関係を主張,立証しなければならないところ,その立証等には困難が伴い,その結果,妥当な損害の填補がされないという不都合が生じ得ることに照らし,侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは,その利益の額を特許権者の損害額と推定するとして,立証の困難性の軽減を図った規定である。そして,特許権者に,侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には,特許法102条2項の適用が認められると解すべきである。
 そして,特許法102条2項の上記趣旨からすると,同項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額とは,原則として,侵害者が得た利益全額であると解するのが相当であって,このような利益全額について同項による推定が及ぶと解すべきである。
 もっとも,上記規定は推定規定であるから,侵害者の側で,侵害者が得た利益の一部又は全部について,特許権者が受けた損害との相当因果関係が欠けることを主張立証した場合には,その限度で上記推定は覆滅されるものということができる(知的財産高等裁判所平成30年(ネ)第10063号令和元年6月7日特別部判決参照)。もっとも,特許権者において販売等する製品が,侵害品の部品に相当するものであり,侵害品とは需要者を異にするため,市場において競合関係に立つものと認められない場合には,当該侵害品の市場においては,侵害品の代わりに部品が購入されるものとはいえない。それにもかかわらず,上記場合において,上記部品が,侵害品と市場において競合関係に立つ第三者の製品に使用され得ることをも重ねて推認した上,特許権者に,侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在するものと認めるのは,明らかに特許権者が受けた損害の額以上の額を推認することになるから,特許法102条2項の趣旨に鑑み,同項の推定の範囲を超えるものであって,相当であるとはいえない。
 したがって,上記場合には,侵害者が侵害品の販売等により受けた利益の額は,特許権者が受けた損害の額と推定することはできないと解するのが相当である。
 イ これを本件についてみると,原告は,SDエンジンメーカーであり,SDダイサーの一部を構成するSDエンジンを製造し,被告やディスコ社等のSDダイサーメーカー(半導体製造装置メーカー)に対し,これを販売するものである。これに対し,被告はSDダイサーメーカーであり,原告から購入し又は自ら製造したSDエンジンを搭載したSDダイサーを製造し,サムスン社等の半導体製造業者や半導体加工業者(エンドユーザ)に対し,これを販売するものであることが認められる。
 そうすると,特許権者である原告が販売する製品(SDエンジン)は,侵害品であるSDダイサーの部品に相当するものであり,SDダイサーとは需要者を異にするため,市場において競合関係に立つものと認めることはできない。したがって,本件においては,被告が,侵害品であるSDダイサーの販売等により受けた利益の額は,原告が受けた損害の額と推定することはできないと解するのが相当である。

 

(2)特許法102条1項適用の可否~否定

 ア 特許法102条1項は,民法709条に基づき販売数量減少による逸失利益の損害賠償を求める際の損害額の算定方法について定めた規定であり,特許法102条1項本文において,侵害者の譲渡した物の数量に特許権者又は専用実施権者(以下「特許権者等」という。)がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じた額を,特許権者等の実施の能力の限度で損害額とし,同項ただし書において,譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者等が販売することができないとする事情を侵害者が立証したときは,当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものと規定して,侵害行為と相当因果関係のある販売減少数量の立証責任の転換を図ることにより,より柔軟な販売減少数量の認定を目的とする規定である。
 上記にいう特許法102条1項の文言及び趣旨に照らせば,特許権者等が「侵害行為がなければ販売することができた物」とは,侵害品と需要者を共通にする同種の製品であって,市場において,侵害者の侵害行為がなければ販売等することができたという競合関係にある製品をいうものと解するのが相当である(知的財産高等裁判所平成31年(ネ)第10003号令和2年2月28日特別部判決参照)。
 イ これを本件についてみると,SDエンジンはSDダイサーの部品であるところ,特許権者である原告が販売する製品(SDエンジン)は,侵害品であるSDダイサーの部品に相当するものであり,SDダイサーとは需要者を異にするため,市場において競合関係に立つものと認めることはできない。
 そうすると,SDダイサーである被告製品は,原告において侵害行為がなければ販売することができた物には該当せず,特許法102条1項は,本件に適用されないと解するのが相当である。

 

2.控訴審・知財高判令和5年(ネ)10052<宮坂裁判長>~1項・2項ともに適用OK

1 争点6-2-1(特許法102条2項の適用の可否)について

  (1) 特許法102条2項は、民法の原則の下では、特許権侵害によって特許権者が被った損害の賠償を求めるためには、特許権者において、損害の発生及び額、これと特許権侵害行為との間の因果関係を主張、立証しなければならないところ、その立証等には困難が伴い、その結果、妥当な損害の填補がされないという不都合が生じ得ることに照らして、侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは、その利益の額を特許権者の損害額と推定するとして、立証の困難性の軽減を図った規定である。
 すなわち、同項は損害の推定規定にとどまるものであり、同項の適用を認めたからといって、当然に侵害者利益額の全額が損害として認められるわけではなく、侵害者の利益額と特許権者の損害額との間の相当因果関係の一部についてであっても、推定を破る事情が立証されれば、部分的又は割合的に推定を覆滅させることを認めるべきであり、そうした柔軟な手法による合理的な解釈運用が可能である。このような点を踏まえると、同項を適用するための要件を殊更厳格なものとする合理的な理由はないというべきであり、特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許法102条2項の適用が認められると解すべきであり、同項の適用に当たり、特許権者において、当該特許発明を実施していることを要件とするものではないというべきである(前掲知財高裁平成25年2月1日判決〔ごみ貯蔵機器事件〕、同令和2年2月28日判決〔美容器事件〕、同令和4年10月20日判決〔椅子式マッサージ機事件〕参照)。 ・・・

 

3 争点6-2-1(特許法102条1項の適用の可否)について

  (1) 特許法102条1項は、民法709条に基づき販売数量減少による逸失利益の損害賠償を求める際の損害額の算定方法について定めた規定であり、特許法102条1項1号において、侵害者の譲渡した物の数量に特許権者又は専用実施権者(以下「特許権者等」という。)がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じた額を、特許権者等の実施の能力の限度で損害額とし、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者等が販売することができないとする事情を侵害者が立証したときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものと規定して、侵害行為と相当因果関係のある販売減少数量の立証責任の転換を図ることにより、より柔軟な販売減少数量の認定を目的とする規定である。
 特許法102条1項の文言及び上記の趣旨に照らせば、特許権者等が「侵害行為がなければ販売することができた物」とは、侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者等の製品、すなわち、侵害品と需要者を共通にする同種の製品であって、市場において、侵害者の侵害行為がなければ販売等することができたという競合関係にある製品をいうものと解するのが相当である。
  (2) 前記のとおり、ステルスダイサーの国内市場における販売者は、控訴人と、被控訴人からSDエンジンの供給を受けるディスコ社にほぼ限定されていること、被控訴人製SDエンジン自体は、ステルスダイサー製品の部品にとどまるものではあるが、その技術の中核をなすものであって、被告製品の構成中、被控訴人製SDエンジンに相当する部分がステルスダイサー製品としての不可欠の技術的特徴を体現する部分であり、商品としての競争力の源泉になっているものと解されることからすると、被控訴人製SDエンジンは、侵害行為によって販売数量に影響を受けるものと認められ、本件において、特許法102条1項所定の「その侵害行為がなければ販売することができた」という関係が認められるというべきである。

 

 

 

高石 秀樹(弁護士/弁理士/米国CAL弁護士、PatentAgent試験合格)

    
中村合同特許法律事務所:https://nakapat.gr.jp/ja/professionals/hideki-takaishimr/