「除くクレーム」とする補正の考え方(1)

こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの田中 研二(弁理士)です。

 

今回は、「除くクレーム」に関して、よくある以下の二つの疑問について考えてみます。

 

(1) 新規性・29条の2・39条の拒絶理由を解消する目的でないと使えないのか?

(2) 本願発明と引用発明との「重なりのみ」を除かないといけないのか?

 

この二つの疑問は、どちらも審査基準の以下の記載(引用部分の下線は筆者が付加。以下同じ)に端を発するものと思われます(審査基準第IV部第2章3.3.1(4))。

 

 

補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで、補正により当初明細書等に記載した事項を除外する「除くクレーム」は、除外した後の「除くクレーム」が新たな技術的事項を導入するものではない場合には、許される。

 

以下の(i)及び(ii)の「除くクレーム」とする補正は、新たな技術的事項を導入するものではないので、補正は許される。

(i) 請求項に係る発明が引用発明と重なるために新規性等(第29条第1項第3号、第29条の2又は第39条)が否定されるおそれがある場合に、その重なりのみを除く補正

(ii) 請求項に係る発明が、「ヒト」を包含しているために、第29条第1項柱書の要件を満たさない、又は第32条に規定する不特許事由に該当する場合において、「ヒト」のみを除く補正

  

つまり、類型(i)で許容される補正には、

  • 請求項に係る発明と引用発明との重なりによって「第29条第1項第3号、第29条の2又は第39条」の特許要件が否定されるおそれがある
  • 上記重なりのみを除く補正である

という二つの条件が要求されているように読めるため、冒頭の(1)(2)がよくある疑問として出てきます。

 

また、審査実務においても、「進歩性欠如を解消するための「除くクレーム」は認められない」とか「重なりのみを除く補正ではないから、認められない」といった理由で、「除くクレーム」とする補正について新規事項追加の拒絶理由が指摘されることも稀にあります。

 

審査基準の類型(i)(ii)はあくまで例示

大前提として、審査基準に記載された上記(i)(ii)は、あくまで「除くクレーム」とする補正が許される「例」を示したものであり、それ以外の「除くクレーム」が許されないと述べているわけではありません。

 

まず、補正の新規事項要件に関する大原則は以下のとおりです(審査基準第IV部第2章2.)。

 

審査官は、補正が「当初明細書等に記載した事項」との関係において、新たな技術的事項を導入するものであるか否かにより、その補正が新規事項を追加する補正であるか否かを判断する。「当初明細書等に記載した事項」とは、当業者によって、当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項である。

 

補正が「当初明細書等に記載した事項」との関係において、新たな技術的事項を導入しないものである場合は、その補正は、新規事項を追加する補正でない。他方、補正が新たな技術的事項を導入するものである場合は、その補正は、新規事項を追加する補正である。

 

これを踏まえて、「除くクレームに」に関する上記引用箇所を見てみると、前段で「……「除くクレーム」は、除外した後の「除くクレーム」が新たな技術的事項を導入するものではない場合には、許される。」という原則を述べた後、後段では新たな技術的事項を導入するものではない「除くクレーム」の具体例として(i)(ii)を挙げており、(i)(ii)以外の「除くクレーム」を排除しているわけではないことがわかります。

 

疑問(1):「除くクレーム」は新規性・29条の2・39条にしか使えないのか?

この疑問(1)は、実務的には「進歩性欠如を解消するために除くクレームを使えるのか?」という趣旨で問われることがほとんどなので、その観点で考えてみます。

 

上記のとおり、審査基準に記載された原則は、「……「除くクレーム」は、除外した後の「除くクレーム」が新たな技術的事項を導入するものではない場合には、許される。」でした。これは、知財高判平成18年(行ケ)10563号「ソルダーレジスト」大合議判決に準拠した判断基準となっています。

 

ここで、「除くクレーム」が新規性欠如を解消するためのものか、進歩性欠如を解消するためのものかは、単に補正目的の違いであって、それ自体が技術的な違いというわけではありません。したがって、私は、進歩性欠如を解消するための「除くクレーム」だからといって、直ちに「新たな技術的事項を導入するもの」であると言えないと考えています。

 

この点に関連する裁判例として、補正ではなく訂正について判断した事例ですが、知財高判平成25年(行ケ)第10266号が挙げられます。

 

原告は、被告が「金属酸化物」との記載を「金属酸化物(ただし,Sn,Ti,Si,Zn,Zr,Fe,Al,Cr,Co,Ce,In,Ni,Ag,Cu,Pt,Mn,Ta,W,V,Moの金属酸化物を除く)」と訂正した訂正事項(a)について、以下のように主張しました。

 

訂正事項(a)による訂正は,本件訂正前発明が甲4文献に記載された発明とは技術的思想が顕著に異なり明確に差別化されるような発明ではないにもかかわらず,同文献を引用例とする進歩性欠如の無効事由を回避するために行われたものである。

 

よって,本件訂正は,新規性等の確保のために従来技術と重なる範囲を除くためにのみ認められるべき訂正の手法を逸脱しており,これによって明細書等の記載を信じた第三者が不測の不利益を被る可能性があり,特許法134条の2の趣旨にも反する。

 

この原告の主張は、審査基準の記載(i)を念頭に置いた主張であるようにも思えますが、知財高裁は以下のように判示して、原告の主張を受け入れませんでした。

 

原告は,本件訂正は進歩性欠如の無効事由を回避するために行われたものであるから訂正の手法を逸脱しており,これによって第三者が不測の不利益を被る可能性があるなどと主張する(前記第3の1(4))。

 

しかるに,訂正は,特許法134条の2第1項ただし書に掲げる事項を目的とし,これによって新たな技術的事項を導入するものではなく,訂正後の発明がいわゆる独立特許要件(特許法134条の2第9項の準用する同法126条7項)を具備するなどの所定の要件を満たす場合に許容されるものであり,進歩性欠如の無効事由を回避するために行われたか否かはそれ自体として訂正の適否を左右するものではない。そして,訂正事項(a)による訂正の結果,本件発明1における金属酸化物の種類に関して,受酸剤として用いられる金属酸化物の中から特定の種類のものが除かれたと容易に理解することができるから,これによって第三者が不測の不利益を被るともいえない。

したがって,原告の上記主張も採用することができない。

 

これ以外にも、進歩性欠如を解消するための「除くクレーム」が認められた裁判例は複数存在しています(たとえば、知財高判平成23(行ケ)10383知財高判令和4(行ケ)10030)。 したがって、本稿執筆時の2024年8月時点では、「除くクレーム」は、新規性・29条の2・39条の拒絶理由を解消する目的でなくとも(たとえば進歩性欠如を解消する目的であっても)使えると考えてよいでしょう。

 

 

疑問(2):「重なりのみ」を除かないといけないのか?

この疑問についても、原則に立ち返って考えてみましょう。

 

新規事項の判断の大原則は、当初明細書等に記載した事項との関係において新たな技術的事項を導入するものであるか否かです。

 

この原則に則ると、「除くクレーム」とする補正も、当初明細書等の記載事項との関係で、新たな技術的事項の導入の有無を検討することになります。この点、上記ソルダーレジスト大合議判決においても、「……「除くクレーム」とする補正についても,……明細書等に記載された技術的事項との関係において,補正が新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかを基準として判断すべきことになるのであり,「例外的」な取扱いを想定する余地はない」と判示しています。

 

そうすると、論理的には、あくまで当初明細書等の記載事項に基づいて行われる新規事項の判断において、「引用発明との重なりのみを除く補正か、それ以外のものも含めて除く補正か?」という点が補正の可否に影響するケースは想定しづらいように思われます(もちろん、将来的に「やはり除くクレームの新規事項判断は例外的に取り扱いましょう」といった方針変更がされれば話は別です)。

 

この点に関連する裁判例として、こちらも補正ではなく訂正について判断した事例ですが、知財高判令和4年(行ケ)第10125号が挙げられます。

 

被告は、原告が「HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbと、を含む組成物。」というクレームを「HFO-1234yfと、HFC-254ebと、HFC-245cbと、を含む組成物(HCFC-225cbを1重量%以上で含有する組成物を除く)。」と訂正したことについて、以下のとおり、請求項に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外するように訂正すべきであると主張しました。

 

ソルダーレジスト大合議判決は、いわゆる「除くクレーム」によって「特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正」について、新規事項の追加に該当しない場合があることを判示したものであるが、本件訂正は、除くクレームによって「特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正」になっていない

 

すなわち、本件発明1と甲4発明が同一である部分は、「CFCF=CH(HFC-1234yf)(10%)、CFCFCH(20%)、CFCFHCH(48%)、HCFC-225cb(20%)を含む揮発性物質」であるから、特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正をするのであれば、「ただし、HFC-1234yfを10%、HFC-254ebを20%、HFC-245cbを48%、HCFC-225cbを20%含む組成物を除く」との訂正をすべきである。

 

これに対し、知財高裁は、以下のように判示しました。

 

しかしながら、特許法134条の2第1項に基づき特許請求の範囲を訂正するときは、願書に添付した明細書、特許請求の範囲または図面に記載した事項の範囲内でしなければならず、実質上、特許請求の範囲を拡張し、変更するものであってはならないとされている(同条9項、同法126条5項及び6項)が、それ以上に先願発明と同一である部分のみを除外することや、当該特許出願前に公知であった先行技術と同一である部分のみを除外することは要件とされていない。そして、訂正が、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」行われた場合、すなわち、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正によって第三者に不測の損害をおよぼすとは考え難いから、同項に規定する訂正要件の解釈として、被告が主張するような要件を加重することは相当ではないというべきである。

 

この判決に照らすと、本稿執筆時の2024年8月時点の一般論としては、「除くクレーム」は、引用発明との「重なりのみ」を除くものに限られず、より広く除くことも許容されると考えてよいでしょう。

 

次回は、「除くクレーム」の新規事項判断について、さらに考えてみます。

 

 

田中 研二(弁理士)

専門分野:特許権利化(主に機械系、材料系)、訴訟