こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの高石 秀樹(弁護士・弁理士、中村合同特許法律事務所)です。
今回は、審決取消請求事件(優先権出願1明細書の請求項に記載があったが実施例は無かった化合物について優先権主張2出願時に実施例追加したが、優先権出願1の優先権主張が認められた事例。)
-知財高判令和5年(行ケ)第10057号【噴射製品】<本多裁判長>フマキラー v. アース製薬- について解説したいと思います。
◆判決本文
【本判決の要旨、若干の考察】
1.特許請求の範囲(請求項1)
『害虫忌避成分を含む害虫忌避組成物が充填され、前記害虫忌避組成物を噴射する噴口が形成された噴射製品(ただし、噴射剤を含む場合を除く)であり、
前記害虫忌避組成物は、20℃での蒸気圧が2.5kPa以下であり、かつ、噴射後の揮発を抑制するための揮発抑制成分(ただし揮発抑制成分がグリセリンである場合を除く)を、害虫忌避組成物中、10質量%以上含み、
前記害虫忌避成分は、3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオン酸エチルエステル、1-メチルプロピル2-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペリジンカルボキシレートからなる群から選択される少なくとも1の成分であり、
前記噴口から15cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r15と、前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r30との粒子径比(r30/r15)が、0.6以上となるよう調整され、前記噴口から30cm離れた位置における噴射された前記害虫忌避組成物の50%平均粒子径r30が、50μm以上となるよう調整された、噴射製品。』
※「3-(N-n-ブチル-N-アセチル)アミノプロピオン酸エチルエステル」=『EBAAP』
※「1-メチルプロピル2-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペリジンカルボキシレート」=『イカリジン』
2.判旨抜粋
2-1.新規事項追加が無いこと
『…優先権出願1の明細書等において、実施例として記載されているのは、害虫忌避成分としてEBAAPを含む噴射製品のみであり、害虫忌避成分としてイカリジンを含む噴射製品に係る実施例は、優先権出願2の明細書等…により追加されたものであるが、当該実施例は、本件訂正発明1の実施に係る具体例であるとともに、優先権出願1の特許請求の範囲の請求項1又は2に発明特定事項が記載されていた発明の実施に係る具体例を確認的に記載したものと理解できるから、優先権出願1の明細書等に記載された技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものとはいえない。…
優先権出願1の明細書等には、本件訂正発明1に関する背景技術、課題、解決手段に加えて、発明の効果に関するメカニズムや各構成要件 の技術的意義が記載されており、これらはEBAAP、p-メンタン-3,8-ジオール及びイカリジンに共通して適用されることも把握できるものといえる。すなわち、優先権出願1の明細書等には、本件訂正発明1について、害虫忌避成分をイカリジンとする部分を含めて、その技術内容が、当該の技術分野における通常の知識を有する者(当業者)が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていると認められる。
…これに対し、原告は、EBAAPとイカリジンとは物質として害虫忌避作用があるということのほかには類似性がないこと等により、イカリジンを害虫忌避成分とする場合にEBAAPと同様の結果となるかどうかは判断できず、優先権出願2の出願時にイカリジンに関する実施例を追加することで、初めて実験による技術上の裏付けがされ完成したものであることを主張する。…EBAAPとイカリジンはほとんど揮発しないという点では変わりがないから、両者の蒸気圧の違いは、粒子径比(r30/r15)や50%平均粒子径r30に対して与える影響を無視できるものといえる。そうすると、当業者は、EBAAPとイカリジンの蒸気圧を考慮すると、害虫忌避成分としてEBAAPとイカリジンのいずれを使用しても、害虫忌避成分の揮発による粒子径や粒子径比(r30/r15)への影響は変わらないものと理解できる。』
2-2.優先権主張1明細書により「実施可能であるか」について
『…「後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨とする技術的事項が、先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項を超える」ものか否かという判断は、実施例が追加された後の出願の特許請求の範囲に記載された発明が先の出願の当初明細書等の記載事項との関係において実施可能であるかを判断するものと解される。… 当業者であれば、優先権出願1の明細書の実施例及び比較例において具体的な製造方法が示されているEBAAPを配合した害虫忌避組成物及び噴射製品と同様にして、イカリジンを配合し、粒子径比(r30/r15)が0.6以上、50%平均粒子径r30が50μm以上を満たす噴射製品を製造することができると解される。』
2-3.優先権主張1明細書による「サポート要件違反の主張」について
『…原告は、優先権出願1の明細書にサポート要件違反の発明があったことを前提として、本件訂正発明1が、優先権出願2の明細書等において実施例を補充することによってサポート要件違反を回避したものであると主張するが、優先権主張の効果とサポート要件とは異なる要件の問題であり、優先権出願の明細書等にサポート要件違反の発明があったかという観点を考慮すべきとはいえない。したがって、優先権出願1の明細書にサポート要件違反の発明があったことを前提として、本件訂正発明1が、優先権出願2の明細書等において実施例を補充することによってサポート要件違反を回避したものという原告の主張は前提において失当である。』
3.若干の考察
(1)実施例の追加と新規事項追加(【人工乳首事件】の再確認)
優先権主張を伴う出願時に実施例を追加したことが特許法41条2項違反とされた裁判例としては、東京高判平成14年(行ケ)第539号【人工乳首事件】が有名である。同事件においては、基礎出願と優先権主張出願とで請求項の記載は同じであったが、実施例(「図11実施例」)を追加した。すなわち、基礎出願時は人工乳首の「伸長部である肉薄部」が螺旋形状でない実施例のみが存在したが、優先権主張出願に「伸長部である肉薄部」が螺旋形状である実施例(「図11実施例」)を追加した。
そうであったところ、基礎出願日と優先権主張出願日との間に、第三者(ジェクス株式会社)が「伸長部である肉薄部」が螺旋形状である人工乳首に係る発明を特許出願していたため、特許出願人(ピジョン株式会社)の優先権主張が認められない結果として、基礎出願と優先権主張とでクレーム文言が同じであったにもかかわらず、基礎出願日が出願日であると見做されず、当該第三者の特許出願により、特許法29条の2違反で拒絶された。(優先権主張時点では、当該第三者の特許出願は未公開であったから、偶然であったはずである。)
<基礎出願時(平成10年10月20日)から含まれていた実施例(図1)>
<優先権主張時(平成11年10月8日)に追加された実施例(図11)>
<優先期間中の他人の出願(特願平11-85326)【出願日】平成11年3月29日>
【人工乳首事件】判決を正当化するとすれば、実施例を追加する前は、請求項の文言上は「伸長部である肉薄部」の形状は限定されておらず、形式的には螺旋形状である構成も含んでいたが、発明の詳細な説明及び図面を考慮すると「伸長部である肉薄部」の形状は平行の構成に限られ、螺旋形状である構成を含まなかったと限定解釈した上で、実施例の追加により螺旋形状である構成も含まれるように発明の要旨が拡張されたと理解することが可能である(背景事情として、平成15年頃は、裁判所において発明の限定解釈が多くなされていた。)。
法律論とは乖離するかもしれないが、【人工乳首事件】のように基礎出願日と優先権主張日との間に第三者の特許出願があり、当該第三者の特許出願の具体的開示(図面)と同じ内容の図面を優先権主張時に追加した場合、これで優先権を認めてしまうと当該第三者の特許権と併存してしまうという状況となることを懸念し、後にも先にも存在しない、“優先権主張時に実施例(図面)を追加して優先権が否定された”裁判例が出されたのかもしれない。(現実問題として、優先権主張、分割要件などの出願日遡及の有無については、他者と利害関係が生じなければ顕在化しないことも多いと思われる。)
ところで、【人工乳首事件】の特許出願人(ピジョン株式会社)は、優先権主張時に追加した図面を補正により削除すれば、補正の遡及効により特許法41条2項違反が治癒され、優先権主張が認められたはずである。それにもかかわらず特許出願人(ピジョン株式会社)が補正しなかったのは、「伸長部である肉薄部」が螺旋形状である人工乳首の発明を当該第三者よりも早い優先日を確保しながら権利化し、当該第三者(ジェクス株式会社)を牽制することを企図したのかもしれない。
本来的には、優先権主張の可否が、基礎出願日と優先権主張日との間に存在する第三者の特許出願の内容に左右されることは無い筈であるが、このような背景事情も【人工乳首事件】判決に繋がった可能性はあるかもしれない。
なお、【人工乳首事件】の特許出願人(ピジョン株式会社)は、分割出願(特願2000-180756)においても優先権主張時に追加した図11を削除せず、請求項1を「乳首胴部と、この乳首胴部から突出して形成されている乳頭部と、を有する人工乳首であって、上記乳頭部及び/又は上記乳首胴部の少なくとも一部に伸長する伸長部が備わっており、上記伸長部より剛性のある剛性部が設けられ、上記伸長部が上記剛性部の材質と異なる材質により形成されていることを特徴とする人工乳首。」と減縮して特許査定を得ている(特許第4746171号)。ピジョン株式会社としては、優先権主張が認められなくても、当該第三者(ジェクス株式会社)の特許出願との関係で拡大先願違反を免れれば足りるため、実質同一ではない程度に構成を付加すれば結局は特許される関係にあったためである。このように、ピジョン株式会社としては、「伸長部である肉薄部」が螺旋形状である態様について確実に特許権を取得する分割出願戦略を採ったものであり、もちろん競合製品は「…伸長部が上記剛性部の材質と異なる材質により形成されている」構造であったであろうから、最終的には競合製品をカバーする特許を取得した。このように、特許出願戦略は、優先権主張・分割出願も併せて最終的に競合製品をカバーする有効な特許を取得することが一つの目的であるから、最終的に、特許としての目的を達成したといえる。
東京高判平成14年(行ケ)第539号【人工乳首事件】の判旨抜粋を以下に示す。
『 特許法41条2項は,同法29条の2の適用に係る優先権主張の効果について「…優先権の主張を伴う特許出願に係る発明のうち,当該優先権の主張の基礎とされた先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面…に記載された発明…についての…第29条の2本文,…の規定の適用については,当該特許出願は,当該先の出願の時にされたものとみなす」と規定し,後の出願に係る発明のうち,先の出願の当初明細書等に記載された発明に限り,その出願時を同法29条の2の適用につき限定的に遡及させることを定めている。後の出願に係る発明が先の出願の当初明細書等に記載された事項の範囲のものといえるか否かは,単に後の出願の特許請求の範囲の文言と先の出願の当初明細書等に記載された文言とを対比するのではなく,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項と先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項との対比によって決定すべきであるから,後の出願の特許請求の範囲の文言が,先の出願の当初明細書等に記載されたものといえる場合であっても,後の出願の明細書の発明の詳細な説明に,先の出願の当初明細書等に記載されていなかった技術的事項を記載することにより,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が,先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになる場合には,その超えた部分については優先権主張の効果は認められないというべきである。
…本件において,後の出願に係る本願発明1の当初明細書等の記載と先の出願の当初明細書等の記載とを対比すると,後者の図面には,「本発明(注,先願発明)の実施の形態にかかる人工乳首」として【図1】が記載されているだけであったところ,前者の図面には,「本発明(注,本願発明1)の第4の実施の形態に係る人工乳首」として先の出願の図面には記載されていなかった【図11】が加えられるとともに,当該図面に関する説明の記載が明細書の発明の詳細な説明中に加えられた…。
そうすると,後の出願の当初明細書等に本願発明1の実施例として記載された,伸長部である肉薄部を螺旋形状に形成した図11実施例に係る人工乳首は,先の出願の当初明細書等に明記されていなかったばかりでなく,先の出願の当初明細書等に現実に記載されていた,伸長部である肉薄部を環状に形成した【図1】の実施例に係る人工乳首の奏する効果とは異なる螺旋形状特有の効果を奏するものである。したがって,当該伸長部である肉薄部を螺旋形状にした人工乳首の実施例(図11実施例)を後の出願の明細書に加えることによって,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が,先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになることは明らかである…。』
(2)本判決と【人工乳首事件】判決との関係
本判決は、上掲のとおり『優先権出願1の明細書等には、本件訂正発明1に関する背景技術、課題、解決手段に加えて、発明の効果に関するメカニズムや各構成要件 の技術的意義が記載されており、これらはEBAAP、p-メンタン-3,8-ジオール及びイカリジンに共通して適用されることも把握できるものといえる。すなわち、優先権出願1の明細書等には、本件訂正発明1について、害虫忌避成分をイカリジンとする部分を含めて、その技術内容が、当該の技術分野における通常の知識を有する者(当業者)が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていると認められる。…当業者は、EBAAPとイカリジンの蒸気圧を考慮すると、害虫忌避成分としてEBAAPとイカリジンのいずれを使用しても、害虫忌避成分の揮発による粒子径や粒子径比(r30/r15)への影響は変わらないものと理解できる。』と判示して、要するに、優先権主張を伴う後の出願において「イカリジン」を含む実施例を追加しなくても、基礎出願における「EBAAP」の実施例により、「イカリジン」についても、請求項記載の数値限定等が変わらないと認定されたものであるから、優先権主張時に実施例を追加する前も請求項に記載された「イカリジン」が含まれないと解釈される関係には無かったといえる。
別の観点から言えば、【人工乳首事件】においては基礎出願も優先権主張出願も請求項に「伸長部である肉薄部」の形状は規定されていなかったのに対し、本件においては基礎出願も優先権主張出願も請求項に「イカリジン」が記載されていたから、発明が「イカリジン」を含まないという限定解釈をしようがなかったとも言える。
このように【人工乳首事件】判決と本判決とを峻別できるのか、それとも両判決同士は必ずしも整合しないのかは、議論が残るところである。
(3)優先権主張1明細書がサポート要件を充足する必要が無いという点について
上述したとおり、本判決は、『優先権主張の効果とサポート要件とは異なる要件の問題であり、優先権出願の明細書等にサポート要件違反の発明があったかという観点を考慮すべきとはいえない。』と判示した。
同判示に拠れば、基礎出願がサポート要件を欠いていたとしても、新規事項追加でない実施例等の追記によりこれが治癒され、優先権主張出願がサポート要件を満たした場合は、特許要件を欠くことはない。
かかる判示は法解釈として正しいと考えるし、実際に新規事項追加とサポート要件とは要件が異なり、実際に判断が異なった裁判例も多数存在することから、実際に結論に影響を及ぼす事案もあると考えられる。
もっとも、本件事案について言えば、新規事項追加の文脈における『当業者は、EBAAPとイカリジンの蒸気圧を考慮すると、害虫忌避成分としてEBAAPとイカリジンのいずれを使用しても、害虫忌避成分の揮発による粒子径や粒子径比(r30/r15)への影響は変わらないものと理解できる。』という判示内容に照らせば、実施例追加前の基礎出願時の明細書であっても、「イカリジン」も含めてサポート要件を満たしていたのではないかと考えられる。
(4)部分優先について
本事案では優先権主張が認められたため問題とならなかったが、仮に「イカリジン」の追加が新規事項追加となり優先権を主張できない場合、進歩性欠如が争点であったならば、発明全体として優先権を主張できなくなるのではなく、いわゆる部分優先が問題となったはずである。
部分優先の考え方は、知財高判令和元年(行ケ)第10132号【ブルニアンリンク作成デバイスおよびキット事件】<鶴岡裁判長>が詳述したところが参考になる。【人工乳首事件】判決も含めて、以下に重要判決を紹介する。
(もっとも、本事案では、公然実施品に基づく新規性欠如が問題となった【ブルニアンリンク作成デバイスおよびキット事件】とは異なり、拡大先願違反となるか否かが問題となったから、【ブルニアンリンク作成デバイスおよびキット事件】判決がそのまま適用できる関係にはなく、拡大先願違反と部分優先との関係を更に検討する必要がある。)
【関連裁判例の判旨抜粋~“部分優先”に関する裁判例】
①東京高判昭和58年(行ケ)第54号「テクスチヤヤーンの製造法」事件
*部分優先の一般論⇒一般論としては、令和1年(行ケ)10132と整合する
「複合優先の場合,二以上の優先権主張を伴う我が国への特許出願に係る発明がそれぞれの第一国出願に係る発明に基づく事項を含んでいても,我が国への特許出願に係る発明がこれらの事項を一体不可分のものとして結合することを要旨とするものであるときは,この点を要旨としない第一国出願に基づく優先権の主張を容認することは,単一の時点の技術水準に基づき一体的にのみ特許要件の判断を受けるべき当該発明の性質に背馳し,許されないし,また,部分優先の場合も,我が国への特許出願に係る発明が第一国出願に含まれている構成部分(A)に他の構成要件ないし構成部分(B)(これは第一国出願に含まれていない。)を一体不可分のものとして結合するものであるときは,前同様の理由から構成部分(A)について優先権の主張を容認すべきでない。
ただ,我が国への特許出願に係る発明のうち第一国出願に含まれていない構成部分(B)と第一国出願に含まれている構成部分(A)の両者がそれぞれ独立して発明を構成するときに限り,第一国出願に含まれている構成部分(A)につき優先権の主張を容認することができるものと解するのが相当である。」
➁東京高判平成14年(行ケ)第539号「人工乳首」事件(篠原裁判長)
*優先権主張出願で、実施例を追加した。⇒優先権否定⇒29の2違反
「特許法41条2項は,同法29条の2の適用に係る優先権主張の効果について「…優先権の主張を伴う特許出願に係る発明のうち,当該優先権の主張の基礎とされた先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面…に記載された発明…についての…第29条の2本文,…の規定の適用については,当該特許出願は,当該先の出願の時にされたものとみなす」と規定し,後の出願に係る発明のうち,先の出願の当初明細書等に記載された発明に限り,その出願時を同法29条の2の適用につき限定的に遡及させることを定めている。後の出願に係る発明が先の出願の当初明細書等に記載された事項の範囲のものといえるか否かは,単に後の出願の特許請求の範囲の文言と先の出願の当初明細書等に記載された文言とを対比するのではなく,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項と先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項との対比によって決定すべきであるから,後の出願の特許請求の範囲の文言が,先の出願の当初明細書等に記載されたものといえる場合であっても,後の出願の明細書の発明の詳細な説明に,先の出願の当初明細書等に記載されていなかった技術的事項を記載することにより,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が,先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになる場合には,その超えた部分については優先権主張の効果は認められないというべきである。
…本件において,後の出願に係る本願発明1の当初明細書等の記載と先の出願の当初明細書等の記載とを対比すると,後者の図面には,「本発明(注,先願発明)の実施の形態にかかる人工乳首」として【図1】が記載されているだけであったところ,前者の図面には,「本発明(注,本願発明1)の第4の実施の形態に係る人工乳首」として先の出願の図面には記載されていなかった【図11】が加えられるとともに,当該図面に関する説明の記載が明細書の発明の詳細な説明中に加えられた…。
そうすると,後の出願の当初明細書等に本願発明1の実施例として記載された,伸長部である肉薄部を螺旋形状に形成した図11実施例に係る人工乳首は,先の出願の当初明細書等に明記されていなかったばかりでなく,先の出願の当初明細書等に現実に記載されていた,伸長部である肉薄部を環状に形成した【図1】の実施例に係る人工乳首の奏する効果とは異なる螺旋形状特有の効果を奏するものである。したがって,当該伸長部である肉薄部を螺旋形状にした人工乳首の実施例(図11実施例)を後の出願の明細書に加えることによって,後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が,先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになることは明らかである…。」
<基礎出願の実施例> | <追加された実施例> | ||
<優先期間中の他人の出願> |
③東京高判平成16年(ネ)第1536号「レンズ付きフィルムユニット」事件(塚原裁判長)
*優先権主張出願で、実施例を追加した。⇒優先権肯定⇒29の2違反なし
「…本件発明におけるフイルムの巻込み,巻取りないし巻上げについては…構成要件E及びFに記載された程度の特定によって構成されているのであって,それ以上に,具体的にどのような構成の装置により,どのようなメカニズムでフィルムを的確に巻き込み,巻き取りないし巻き上げるかなどという手段等に関する構成については,特段の限定はない…。…第3実施例の特徴としては,フィルムの巻込み,巻取りないし巻上げ手段等に関する詳細な構成とそのメカニズムが記載されている点がある。しかしながら,…優先出願③の出願日以前から,フィルムの巻込み,巻取りないし巻上げ手段等に関する構成については種々の周知技術が存在し,第3実施例によって示された機能や効果は,上記証拠によって認められる周知技術によって達成される機能,効果と比べて格別のものであるとは認められない。本件発明は,当然に上記のような周知技術を踏まえているものと解され,その上で,構成要件Fは,上記のように「…フイルムをパトローネ内に巻き込み可能としている」とのみ記載し,具体的にどのような構成の装置により,どのようなメカニズムでフィルムを的確に巻き込み,巻き取りないし巻き上げるかなどという手段等に関する構成については,特段の限定はしなかったものと解するのが相当である。そうすると,第3実施例は,上記のように認定される本件発明の要旨の範囲内で,フィルムの巻込み,巻取りないし巻上げ手段等に関して具体的な1態様を示したものにすぎないのであり,上記の要旨認定を変更すべきようなものではないというべきである(…本件発明は,第1実施例により十分に裏付けられているものと認められ,仮に,第3実施例の記載がなくても,その裏付けに欠けるところはない。)。…
結局,本件発明の技術的事項は,全て優先出願③の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されている。…
以上によれば,本件発明は,「優先出願③の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明」であるといえるので(換言すれば,「本件発明のうち,『優先権の主張の基礎とされた優先出願③の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明』」とは,本件発明(の全体)そのものであるといえるので),平成5年改正前の特許法42条の2第2項に基づき,優先出願③の出願時である昭和61年10月17日に出願されたものとみなされるのであるから,本件考案の実用新案登録出願が存在したからといって,本件特許が特許法39条3項に違反し,無効であることにはならない。」
<基礎出願の実施例> | <追加された実施例> |
④知財高判令和元年(行ケ)第10132号「ブルニアンリンク作成デバイスおよびキット」事件<鶴岡裁判長>
<1>特許請求の範囲(請求項6も同様)
「【請求項1】一連のリンクからなるアイテムを作成するための装置であって, 前記リンクはブルニアンリンクであり,前記アイテムはブルニアンリンクアイテムであり,ベースと,ベース上にサポートされた複数のピンと,を備え,前記複数のピンの各々は,リンクを望ましい向きに保持するための上部部分と,当該複数のピンの各々の,ピンの列の方向の前面側の開口部とを有し,複数のピンは,複数の列に配置され,相互に離間され,且つ,前記ベースから上方に伸びている装置。」
<2>(無効審判請求人=原告の主張)
本件米国仮出願の後で上記PCT出願の前(優先期間内)に,甲1動画が投稿された。
本件発明は,①ピンが複数の溝を有する構成を含むこと,②ピンバーとベースが一体成型になっている構成を含むこと,③ピンバーをベースの溝ではなく,ベース上の凸部に嵌め込む方式の構成を含むこと,④ピンに,溝ではなく,ピンを貫く間隙を有する構成を含むこと,の4点において,本件米国仮出願にはない構成を含むからパリ優先権が否定され,その結果,甲1動画との関係で新規性,進歩性を欠き,無効である。
<3>判旨抜粋
(1)「部分優先」の考え方に関する部分
本件発明が…原告が新たな構成であると主張する①ないし④の点を含まない構成,すなわち,本件米国仮出願の明細書に記載された実施例どおりの構成を含むことは明らかであるところ…,この構成は,1まとまりの完成した発明を構成しているのであって,①ないし④の構成が補充されて初めて発明として完成したものになるわけではない。このような場合,パリ条約4条Fによれば,パリ優先権を主張して行った特許出願が優先権の基礎となる出願に含まれていなかった構成部分を含むことを理由として,当該優先権を否認し,又は当該特許出願について拒絶の処分をすることはできず,ただ,基礎となる出願に含まれていなかった構成部分についてパリ優先権が否定されるのにとどまるのであるから,当該特許出願に係る特許を無効とするためには,単に,その特許が,パリ優先権の基礎となる出願に含まれていなかった構成部分を含むことが認められるだけでは足りず,当該構成部分が,引用発明に照らし新規性又は進歩性を欠くことが認められる必要がある…。…このように解しないと,例えば,特許権者がAという構成の発明について外国出願をし,その後,その構成を含む発明Bが公知となった後に,わが国において,パリ優先権を主張し,構成Aと,前記外国出願には含まれないが,発明Bに対して新規性,進歩性が認められる構成Cを合わせた構成A+Cという発明について特許出願をした場合,当該発明は,構成Aの部分は,発明Bよりも外国出願が先行しており,優先権も主張されており,かつ,構成Cは,発明Bに対し新規性,進歩性が認められるにも関わらず,前記外国出願に含まれない構成Cを含んでいることのみを理由として構成Aについての優先権までが否定され,特許出願が拒絶されるという結論にならざるを得ないが,そのような結論は,パリ条約4条Fが到底容認するものではないと考えられるからである。なお,①ないし④も,それぞれ独立した発明の構成部分となり得るものであるから,引用発明に対する新規性, 進歩性は,それぞれの構成について,別個に問題とする必要がある。…甲1動画に係るツールは,前記③の構成を有している…。そして,本件発明の請求項は…前記③の構成を含む…から…本件発明は…甲1動画との関係で新規性を欠く…。したがって,パリ優先権が認められるかどうかを判断するため,さらに,構成③が,本件米国仮出願に含まれない構成であるかどうかを判断する必要がある。これに対し,甲1動画に係るツールは,前記①,②,④の構成を含むものとは認められないから,新規性が問題となる余地はなく,また,これらの構成が,甲1動画に係る発明に対して進歩性を欠くことを認めるに足りる主張立証はない。そうであるとすると,これらの構成が,本件米国仮出願に含まれない構成であるかどうかを判断するまでもなく,原告の主張は失当というべきである。… …③に係る構成が,本件米国仮出願に含まれない構成であるとはいえないから,この点に関する原告の主張も失当ということになる。…本件発明は,甲1動画との関係で新規性,進歩性欠如の無効事由を有するものとは認められない。
(2)③に係る構成(優先日後の甲1動画との関係で新規性を欠く構成)が基礎出願(本件米国仮出願)に含まれていたことのあてはめ部分
…構成③が,本件米国仮出願に含まれない構成であるかどうかについて判断するに,たしかに,米国仮出願書類には,ベースに設けた溝にピンバーを嵌め込む態様しか記載されていないが,これは実施例の記載にすぎないし,米国仮出願書類全体を検討しても,ベースにピンバーを固定する態様を,この実施例に係る構成に限定する旨が記載されていると理解することはできない。そして,ベースに凹部を設け,その凹部にピンバーを嵌め込む態様の構成(米国仮出願書類の実施例の記載)と,ベースに凸部を設け,この凸部にピンバーを嵌め込む態様の構成(③の構成)とは,まさに裏腹の関係にあるものであって,一方を想起すれば他方も当然に想起するのが技術常識であるといえるから,たとえ明示的な記載がないとしても,ベースに凹部を設ける構成が記載されている以上,ベースに凸部を設ける構成も,その記載の想定の内に含まれているというべきである。
⑤知財高判平成17年(行ケ)第10737号【殺菌剤事件】<三村裁判長>
『パリ条約による優先権主張の利益を享受するためには,…優先権主張の対象である第1国出願に係る出願書類全体から一つの完成した発明が把握される必要がある。また,本願発明は化学物質の発明であるが,化学物質につきパリ条約による優先権主張の利益を享受するためには,第1国出願に係る出願書類において単に化学構造式や製造方法を示して理論上の製造可能性を明らかにしただけでは足りず,当該出願書類全体から当該化学物質が現実に存在することが実際に確認できることを要する…。』
高石 秀樹(弁護士/弁理士/米国CAL弁護士、PatentAgent試験合格)
中村合同特許法律事務所:https://nakapat.gr.jp/ja/professionals/hideki-takaishimr/