こんにちは、知財実務情報Lab. 専門家チームの田村良介(弁理士法人ライトハウス国際特許事務所)です。
何をクレームとして記載するかを考える際の1つの考え方について、ご紹介したいと思います。
クレームを記載するには、目の前にある発明をどのように捉えるかが重要であることは間違いないのですが、それとは異なる視点も持ち合わせていた方がよい、と考えています。
それは、「どのような排他権を取得することが目的に適うか?」という視点です。
例えば、料理の画像データをもとに、AIを利用して、その料理のカロリーの値を特定するアプリを開発した、とします。料理の画像データを入力データ、その料理のカロリーの値を出力データとして機械学習させた学習済みモデルを利用します。
請求項としては、例えば、以下のように書くことができるでしょう。
【請求項1】
料理の画像データを入力データとし、該料理のカロリーを出力データとして機械学習させた学習済みモデルを用いて、入力された料理の画像データをもとに該料理のカロリーを特定する特定手段 を備える、情報処理装置。
ここでは、この請求項が、新規性・進歩性を有するか否かについて論じたいわけではないので、新規性・進歩性を有するか否かについては、忘れてください。
それでは、仮に上の請求項1について特許を取得することができたとして、例えば、料理の画像を入力データとし、料理の種類(例えば、ハンバーグ、エビフライ)を出力データとして機械学習させた学習済みモデルを利用したような、競合他社のアプリが登場したら、どうなるのでしょうか。
この競合他社のアプリでは、学習済みモデルを利用して料理の種類を特定し、そのうえで、あらかじめ設定しておいた、料理の種類とカロリーの値との対応関係をもとに、対象となる料理のカロリーの値を特定します。学習済みモデルを利用して特定した料理が、ハンバーグ1つであれば270kcal、エビフライ1つであれば45Kcalといったようなかんじでしょうか。
この競合他社のアプリは、上の請求項1の技術的範囲には属しません。
もしかすると、競合他社のアプリは、上の請求項1に対応するアプリよりも、特定されるカロリーの精度は落ちるかもしれません。それでも、料理の画像から料理のカロリーを特定する、という同じコンセプトのアプリが存在することになります。
そのように考えると、上に記載をした請求項1だけではなく、以下のような請求項を記載しておきたいところ。
【請求項2】
料理の画像データを入力データとし、該料理の種類を出力データとして機械学習させた学習済みモデルを用いて、入力された料理の画像データをもとに該料理の種類を特定する第1特定手段と、
予め設定された料理の種類と、該料理のカロリーとの対応関係をもとに、第1特定手段により特定した料理の種類に対応する料理のカロリーを特定する第2特定手段と を備える、情報処理装置。
ただ、「料理の画像を入力データ、料理のカロリーを出力データとして機械学習された学習済みモデルをもとに、カロリーを特定する」という発明から、請求項2の発明を捉えることは、なかなかに難しいのではないでしょうか。
一般的に、クレームは、発明の効果が発揮されるための最低限の要素・条件を特定し、特定された要素・条件のみで記載していくものだと思います。しかし、この方法だけでは、目の前の技術を、第三者に実施させないためのクレームは記載できたとしても、自社の事業についての参入障壁を築くためのクレームは記載できないかもしれません。
そのときに必要なのが、「どのような排他権を取得することが目的に適うか?」という視点です。
権利化の目的が、料理の画像から料理のカロリーを特定できる、というアプリのコンセプトを他社に実施させたくない、ということであれば、「そのために必要な排他権はどのようなものか」を考える、ということになります。
具体的には、「料理の画像を入力データ、料理のカロリーを出力データとして機械学習された学習済みモデルをもとに、カロリーを特定する」という方法以外にも、料理の画像からカロリーを特定する方法が存在しないか、について検討することで、アプリのコンセプトを他社に実施させないための権利は何か、を特定することが可能となります。あとは、これらをクレームとして記載していきます。
いかがでしょうか。 目の前の発明を保護するだけでは、自社の事業についての参入障壁を築くことができない場合があります。「どのような排他権を取得することが目的に適うか?」という視点で発明を見ていただくと、これまでと違う発明の見え方に出会えるかもしれません。